お見送り

10日の午後、母と一緒にお見送りの儀式へ行って来ました。

母が来てくれるまでの時間。
この時間が一番きつかった。

きんぞうの死を受け入れられなくて、
吐きそうになる程泣いて、のたうちまわってぽかーんとした後。
冷たくなった体を最後にもう一度綺麗にしてやり、お花をたくさん買いに行きました。

最後、息が止まる時に苦しんで痙攣したので、目がカッと見開いたまま硬直してしまい目を閉じてやれなかった事が残念。
ビー玉見たいな自慢の目だったので最後まで見て欲しかったのかなぁ。なんて。

火葬前の儀式は、人間と同じで喉が乾かない様に、口にお水をつけてやるんですよ。
たくさんのお花や、好きだった餌を持って行くんですよ。
見たくない方も居るかと思うので、小さな写真で。
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手を合わせ最後のお別れをして、火葬へ見送り火葬後には骨拾いをしました。
小さな小さな骨。
大きな病気をした事がなかったので、骨は白くて綺麗でした。

お焼香を済ませ、初七日の儀式までそこでやってくれたので
返骨された遺骨を家に連れて帰って、四十九日まで供養です。

葬儀の翌日、友達一家が泊まりに来る約束があり、頭が真っ白なので断わろうかと思っていたけれど、かずおくんが珍しく強い口調で「絶対に来てもらえ」と言うので、予定通り来てもらいました。(私を家で1人にしておきたくなかった様子)

その友達、久しぶりに会う事になっていて私も前からすごく楽しみにしていたし、
それより何よりその友達、きんぞうのお母ちゃんを飼っていて、きんぞうの幼少期のママ。
私に突然泣きスイッチが入ってもびっくりしない心の許せる友達なので、結果来てもらって良かった。

ゆみ一家もお花や美味しいプリン(きんぞうに)を持ってやって来てくれ、夜には更に友達いっぱいいっぱいになり少し元気になりました。
人が大好きな猫だったので、きんぞうもたくさんの人に弔ってもらえて喜んでいたと思います。

おじいちゃんなりの元気な姿に会って欲しかったけど、きんぞうは昔のママにも見送ってもらえる日に息を引き取ったんじゃないだろーかと。
私があまりに落ちているので、かずおくんはずっと気にかけて側に居て支えになってくれています。

この人と一緒に看取る事が出来て良かった。
きんぞうは、きっと2ヶ月間の新居生活の間に「かずおに任せても、本当に大丈夫か」
見定めていてくれたのかもしれない。
もう僕が居なくても、大丈夫だよねって見届けてから旅立った様なタイミング。
最後の最後まで、賢い飼い猫ちゃんでした。

少しづつ、死を受け止められるようになって来ました。
まだまだ涙腺ゆるゆるですけど。

きんぞうの写真をずーっと見ていて。
長い間いっぱい癒してくれたなぁとしみじみ。
大きな病気もせず、ちゃんと寿命をまっとうしてまさに大往生だった猫ちゃんに対して、帰って来てと思うのは間違っている。
こんなに私に愛情をくれてたじゃないか。

・・・と言う事が、理解出来る様になりました。

自分がどんなに溺愛していたかを思い知らされたのは遺骨までもが全て愛おしい事。

送る側の私がしっかりしないと、四十九日経ってもきんぞうが行くべき場所に行けないかもしれない。
最後の最後まで、いっぱい愛情を与えてくれた素敵な素敵な猫ちゃんでした。
きんぞう、長い間ありがとう。
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